湯治客向けの土産物

こけしは、19世紀(江戸時代後期)から東北地方の温泉地において、湯治客向けの土産物として販売されるようになった木製の人形玩具です。湯治とは、病気やケガの治療、また心身の健康回復を目的に温泉地へ長期間滞在し、温泉の効能と自然環境による癒やしを通じて人間の自然治癒力を高める、日本に古くから伝わる療養法です。
19世紀当時、日本の人口の約90%を農民が占めていました。特に寒冷地である東北の農民にとって、湯治は厳しい労働による疲れを癒やし、村内外の人々と交流を楽しむ大切な年中行事でもありました。たとえば、1月末の最も寒い時期に行う「寒湯治」、田植え後の「泥落とし湯治」、8月の暑い時期に行う「土用の丑湯治」など、年に2〜3回の頻度で湯治に出かけ、心身をリフレッシュしていたようです。
こうした背景の中、木地師たちが温泉地に定住し、湯治客との交流を通じて彼らの需要を直接知るようになり、木製の人形玩具、すなわちこけしの製作を始めるようになりました。

ぐるぐる回して作る

こけしの原材料は木材です。原木を伐採し、十分に乾燥させた後、こけしのサイズに合わせて切断します。その後、制作工程でもっとも重要な道具である轆轤(ろくろ)を使って、木を回転させながら削り、こけしの形を整え、絵付けや蝋引きなどの仕上げ作業を行います。
轆轤とは、木材を回転させる構造を持つ装置で、作業中に木材を均等に削ることができ、効率的に加工が進められます。この「ぐるぐる回す」工程こそが、こけしづくりの伝統的な技術の中心です。

頭頂にベレー帽をかぶったような弥治郎こけし

伝統こけしは形や色使いが地域によって異なり、現在は11の系統が確認されています。そのうち5系統が宮城県にあり、その1つが白石市に誕生された「弥治郎こけし」です。
弥治郎こけしの最大の特徴は、頭が大きく、その頭頂部に二重・三重のロクロ模様が鮮やかに描かれていることです。この模様はまるでベレー帽をかぶっているかのようで、見る人の印象に強く残ります。もう1つの特徴は、胴体の模様で、広いロクロ模様や、ロクロと花を組み合わせた図柄など、華やかで個性豊かな装飾が施されています。

伝統的工芸品の認定と伝承を担う伝統工芸士

1981年、宮城伝統こけしは日本の法律で定められた基準を満たし、日本政府から「伝統的工芸品」に認定されました。ただし、伝統的工芸品の分野では、長い年月をかけた技術習得が必要であることや、需要の減少などにより、後継者の確保や育成が課題となっています。
この課題を解決するため、日本政府は指定された伝統的工芸品の製作に従事する技術者を対象に「伝統工芸士認定試験」を実施し、合格者を「伝統工芸士」として認定しています。英語では「MASTER OF TRADITIONAL CRAFT」とも表記されます。伝統工芸士は、職人の中でも高い技術と経験を有する、ごく限られた存在であり、まさに“マスター”と呼ぶにふさわしい人々です。
現在、宮城伝統こけしには12名の伝統工芸士が在籍しており、そのうち4名は白石市に拠点を構えています。(2025年2月末時点)

直接指導は希少な機会

伝統こけしは、「系統的な伝統性があり、師弟関係が明確であるもの、かつその工人が制作した本人型を含むもの」と定義されています。そのため、通常は伝統工芸士から直接指導を受ける機会は極めて稀です。